生徒たちを迎え続けて80年

~国の登録有形文化財となった光華女子学園
「旧正門・石垣」および「旧通用門・石垣」~

学園創設時の正門

小学校・中学校・高等学校の南門として使われている学園創設時の「旧正門」などが、
2020年7月、国の登録有形文化財に登録されました。
同年に創立80年を迎えた学園にとって大変喜ばしいことです。
これらの施設はなぜ国の文化財となったのでしょうか?登録有形文化財とはどんなものなのでしょうか?
今回の登録に関わった本学の佐滝剛弘客員教授(観光学・文化財学)に登録の経緯やその意味を聞きました。

第1章

小学校・中学校・高等学校の南門(旧正門)

光華女子学園旧通用門

石垣

光華女子学園の80年の歴史を語る唯一の遺構、
「旧正門・石垣」および「旧通用門・石垣」

私が京都光華女子大学に教員として勤務するようになったのは2018年4月。大学の敷地は京都の中心を東西に貫く五条通の北側に広がっており、通りに面した正門を潜ってキャンパスに入っても、校舎はすべてコンクリート造りの、見るからに戦後の建物ばかりで、1941年に完成したという前身の光華高等女学校の面影を残す遺構は全く残っていませんでした。五条通を挟んで反対側には、小学校から高等学校までの校舎が立ち並ぶ「南校地」がありますが、こちらは大学の教員としては入構する機会がなく、どんな建物があるかはしばらくわかりませんでした。
ある日のこと、最寄りの鉄道駅である阪急西京極駅から通学路を通って南校地の前に出ると、高さが2メートルを超す堂々とした立派な校門がすっくと立っていることに気づきました。普段は自転車通勤なので、駅からの道を通る機会がなかったのです。その校門は、私の専門分野である「登録有形文化財」にすでに登録されている愛知県の複数の旧制中学の校門によく似ていました。旧制愛知一中(現、旭丘高校)や愛知二中(現、岡崎高校)、小牧中(現、小牧高校)など愛知県の旧制中学や旧制の専門学校は、昭和5年から15年ごろにかけて相次いで立派な正門が造られており、現存する12校の正門が2017年に一括して登録有形文化財になっていたのです。

愛知県立小牧高等学校正門門柱
(旧愛知県小牧中学校正門)

愛知県立小牧高等学校正門門柱
(旧愛知県小牧中学校正門)

私は早速、本学の総務担当者に創立当時の写真がないか当たってもらったところ、1941年の校舎完成と同時に建てられた当時の正門の写真が保存されていました。そして、通行量の多い五条通に比べるとひっそりとした場所に建つ旧正門は、学園の草創期の歴史を今に伝えるほぼ唯一の建造物だという確信に至りました。
香淳皇后(昭和天皇妃)の妹で東本願寺第24代門首の夫人である大谷智子裏方が仏教精神に基づく女子教育の重要性から女学校を設立したという思いを目に見える形で表し、昭和初期の典型的な校門建築を今に伝える貴重な遺構であることから、私は学園創立80年の節目に国の登録有形文化財の仲間入りができたら、より多くの人に学園の歴史を知ってもらえるのではないかと考え、当時の理事長に相談し賛同を得て、登録の手続きを進めることになりました。2019年の秋には文化庁の担当者による調査が行われ、正門だけでなく、左右に広がる石垣と正門の西方に少し離れて建つ通用門も同様の価値があることが確認され、同時に登録作業を進めることとなったのです。
こうした経過を経て、国の文化審議会は2020年7月、文部科学大臣に対し「光華女子学園旧正門・石垣」および「光華女子学園旧通用門・石垣」の2件が登録有形文化財にふさわしいとして登録への答申が出されました。

第2章

登録有形文化財とは?

登録有形文化財のプレート

「登録有形文化財」は、1995年の阪神・淡路大震災で文化財指定を受けていない多くの歴史的建造物が被害を受けたものの、未指定ゆえに修復や再建が難しかったという教訓から、民家や公共施設などの歴史的建造物を緩やかな規制のもと、後世に残していこう、そのために活用も進めようという趣旨で翌96年に新たに制定された制度です。
建造物の文化財というと、すぐに国宝や重要文化財が思い浮かびますが、「釘一本打てない」と言われるほど現状を変えることが難しいため、指定されても所有者には不便だという印象がありました。そこで、外観の一部や内装は住んだり使いやすいように変更しても構わないという、所有者や使用者にとって使い勝手の良い制度が新たに登場したのです。登録の要件は、築50年以上であることに加え、「国土の歴史的景観に寄与している」「造形の規範となっている」「再現することが容易でない」の三つの条件のうち、いずれかに合致することが求められます。
以来24年、登録数は毎年増え、今では全国で12,800件を超えるまでになりました。光華の旧正門などもその仲間入りを果たしたわけです。登録されると、固定資産税の減免などの優遇措置がありますが、近年は文化庁や観光庁が「文化財は保存するだけでなく、観光などに活用することが望ましい」と、「活用」に舵を切りつつあるため、登録有形文化財を観光資源として整備する際には、国の予算が下りるようになりました。
正式に登録有形文化財に登録されると、文化庁から登録証とそれを示す立派なプレートが授与されます。これは、「国の文化財を保有する」という誇りを示すと同時に、地域の宝として後世に伝えていく義務が生じたことを意味します。児童・生徒が登下校に行き来する校門は、光華だけのものではなく、国民共有の文化資産となったのです。

第3章

京都に点在する多数の
登録有形文化財

登録有形文化財には、実に多様な建造物や施設が含まれています。一般の民家の登録も多いですし、駅舎やプラットホーム、鉄橋などの鉄道関連の施設もあります。京都では、宇治川を渡る近鉄京都線の鉄橋(文化財の正式名称は「近鉄澱(よど)川橋梁」)もその一つです。
京都では、土地柄か寺社の建物や京町家で登録されているものが多数あります。
寺社では、北区の船岡山の中腹に織田信長を祀るために明治初期に建てられた「建勲神社」や、4月のやすらい祭りや門前で売られるあぶり餅が名物の「今宮神社」の社殿群も登録有形文化財です。そして何より光華女子学園と深いつながりがある「東本願寺」の境内の多くの建物も登録有形文化財となっています。
(ただし、そのうち、阿弥陀堂や御影堂など6棟は2019年に国の重要文化財へと変更されています)。

今宮神社幣殿・拝所

大谷大学尋源館(旧本館)

光華女子学園と同様、学校建築の登録も目立ちます。キャンパス内に登録有形文化財を抱えている大学としては、京都大学、京都工芸繊維大学、同志社大学、同志社女子大学、平安女学院大学、大谷大学があるほか、旧陸軍の建物を利用している聖母女学院法人本館も登録されています。この中で、正門が登録有形文化財となっているのは、旧制三高時代の建造物が残る京都大学だけです。そして、それ以外の京都の大学には登録有形文化財はありません。

また、戦前に建てられた小学校の校舎にも登録有形文化財がいくつもあり、旧龍池小学校の校舎は「京都国際マンガミュージアム」に、旧明倫小学校の校舎は「京都芸術センター」に再活用されています。
ほかにも、京都人ならだれでも知っている四条通に面した「南座」やその向かいにあるレトロ建築の「レストラン菊水」も登録有形文化財ですし、近代建築が並ぶ三条通の「SACRA(旧不動貯金銀行)」、「日本生命京都三条ビル」なども登録有形文化財です。河原町通にある老舗喫茶店の「フランソア喫茶室」や、銭湯をカフェに転用した「旧藤ノ森湯」(現在の「さらさ西陣」)などもその仲間です。こうしてみると、私たちは知らず知らずのうちに登録有形文化財の建物の前を通ったり、利用しているといえそうです。
京都の街を、有名観光地を避け、こうした登録有形文化財を選んで見て回るのも楽しいツアーになるでしょう。七宝の大家並河靖之や陶芸家河井寛次郎の工房(現在は記念館として公開)、嵐山にある往年の名優大河内傳次郎の別荘である大河内山荘なども登録有形文化財となっており、京都観光の穴場と言えます。

南座

第4章

登録有形文化財を守り続ける決意

光華女子学園旧正門

光華女子学園は、2020年9月に創立80周年を迎えました。校舎のベランダからは比叡をはじめとする東山の山並みや、「火廻要慎(ひのようじん)」のお札で知られる愛宕山が手に取るように見えますし、二つの校地を分ける五条通は、毎年暮れになると全国から集まる高校生ランナーが地元の期待を担ってたすきをつなぐ全国高校駅伝の走路となります。光華は京都の街とともに歴史を重ねて現在に至ったのだという重みを、この山並みや普段はバスが行き交う通りを見るたびに感じます。そして、私たちのキャンパスに、節目の年に80年の歴史を伝える国の文化財が誕生したのは、先達のお導きだったのではないかという思いを強くすると同時に、これを後世に守り伝えていく使命の重さも痛感しています。
コロナ禍のもと、遠方への旅はリスクが高いため、身近な地域を見つめ直す旅が注目を集めていますが、京都に住まう方々、関西在住の方にも気軽に足を運んで、国の文化財となった旧正門・石垣を見ていただけたらと思います。南校地の正門は、現在は五条通側に移っていますが、旧正門は外側から間近に眺めることができます。
京都府には、登録有形文化財に登録された建造物の所有者によって「京都府登録有形文化財所有者の会」が結成されており、さまざまな勉強会や他府県の所有者団体との交流などを行っています。古都京都で学びの場を提供し続けてきた光華女子学園は、今後こうした仲間とも協同し、さらに京都の街を輝かせていく役割を担っていく、そんな決意を創立80年を機に再確認させてくれる「モニュメント」の誕生だと感じています。

佐滝剛弘(さたきよしひろ)

1960年、愛知県生まれ。東京大学教養学部卒業後、NHKに入局。報道系ドキュメンタリーのディレクター、プロデューサーを経て、2016年から高崎経済大学特命教授、2018年から京都光華女子大学キャリア形成学部教授、2020年から同大学客員教授。専門は、観光学、世界遺産、近代建築、文化財一般、交通、郵便制度、メディア、ジャーナリズムなど

   

主な著書に、

  • ・日本のシルクロード―富岡製糸場と絹産業遺産群、中公新書ラクレ、2007年
  • ・世界遺産の真実 - 過剰な期待、大いなる誤解、祥伝社新書、2009年
  • ・高速道路ファン手帳、中公新書ラクレ、2016年
  • ・登録有形文化財 - 保存と活用からみえる新たな地域のすがた、勁草書房、2017年
  • ・観光公害 インバウンド4000万人時代の副作用、祥伝社新書、2019年など
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