令和2年度 学園長賞表彰式を行いました
2020.09.25
9月25日(金)、令和2年度 学園長賞表彰式を行いました。
学園長賞は、本学園の在学生で、学業・文化・スポーツ等において特に優秀な成績を修められた方や、ボランティア活動等で地域に貢献などをされた方を表彰する制度です。
今回は、個人で6名、団体で1団体が表彰され、学園長から表彰状と記念品が贈られました。
学園長からは受賞者一人一人にあたたかい言葉が贈られ、また、受賞者からは今後に向けた力強い宣誓がありました。入賞者の皆さんのますますのご活躍を期待いたします。
「 念仏者は 無碍の一道なり 」 『歎異抄』
2020.09.01
新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大によって、かけがえのないすべてのいのちが脅かされて不安な日々が長く続いています。この新型ウイルス禍は、私たちの生活を大きく一変させて、社会、経済、教育、文化、芸術、思想に至るまで深刻な影響を与え続けています。あたりまえにあったものが脆くも崩れていくような怖さと不安を日毎に強く感じます。社会的距離を保つことは大切ですが、心の距離までもが離れていかないか心配です。私たちは、これから如何に新しく生まれ変わることができるのか、正に今、その岐路に立たされているように思います。
この言葉は『歎異抄』の「第七条」にある言葉です。「念仏する人は、何ものにもさまたげられることのない、何ものにも怖れることのないひとすじの大道を歩むものです。」と宗祖親鸞聖人が述懐なされたと記されています。親鸞聖人の信念の核心をもっとも力強くあらわされた言葉だと言えます。親鸞聖人においては二十九歳の時、よきひと(師)である法然上人と感動に満ちた決定的な出遇い(念仏の教えとの出遇い)をされて、「念仏もうさんとおもいたつこころ」が発起され、真に念仏する身となり「無碍の一道」に立って力強く人生を生き抜かれました。
それでは、親鸞聖人の境遇においてさまたげになるようなことはなかったのでしょうか。
決してそうではありません。正に逆境と言える流罪、長男との義絶、戦乱、飢饉、火災、疫病など困難な出来事が繰り返し起こりました。人が生きていくには極めて過酷な状況(さまたげ)の連続であったと言える苦難の生涯に対して確信をもって「無碍の一道」と断言されて貫いていかれました。
親鸞聖人は、念仏のはたらきについて、主著『教行信証』「行巻」において「功徳の極まりである念仏は、静かな風のようであり、絶え間ない波のごとく繰り返し起こる困難な出来事を転じていく」と述懐されています。困難で苦しい出来事が起こったときには、そこから逃避したり忘れようとするのではなく、現実のすべてをあるがままに真っすぐに受け止めて、真実の教えとはたらきを拠り所として本質的な苦しみの原因をしっかりと見つめて、自分自身で解決しなければならないことを教えられます。
念仏者である親鸞聖人は、波のごとく起こる無数の困難を真実の教えに出遇い念仏のはたらきによって、自分にあたえられた仏縁としてあるがままを受け止められて、そのすべてが生きるためのこころの糧として転じていかれました。それゆえにその困難がさまたげになることなく、行く手を遮られることなく確かなひとすじの道として着実に歩んでいかれたのだと思います。
今、私たちが直面している困難があります。その困難を如何に転じて乗り越えていくのか、その進むべき確かな道を親鸞聖人の歩まれた「無碍の一道」から見出していけるのではないでしょうか。(宗)
新型コロナウイルス感染者の発生について(第4報)
2020.08.21
2020年8月20日(木)、本学学生1名(10代・女性・京都府在住)が、PCR検査の結果、新型コロナウイルス感染症の陽性と判明いたしました。
*この度、陽性と判定されました学生の一刻も早い回復を願っております。
*感染した学生、ご家族様および関係者の人権尊重と個人情報保護にご理解とご配慮をお願い申し上げます。
*上記学生は、2020年7月25日以降大学には登校しておらず、キャンパス内における接触はありません。
本学は、新型コロナウイルス感染症の蔓延防止のために必要な対策を講じ、感染拡大防止などに努めております。先日、注意喚起9報をだし、学生・教職員に注意を呼びかけたところではありますが、今後も引き続き、一人ひとりが感染しない、感染させない行動を徹底するよう、より一層啓発に努め対策等を講じて参ります。
現在、本学では原則オンライン授業としながら、「京都光華女子大学 再開ガイドライン」により感染拡大に最大限注意しながら特例として対面による演習・実習などの授業を行っておりますが、これについては変更ありません。
京都光華女子大学
【本件に関するお問い合わせ】
報道関係者の方:広報担当 075-325-5493
上記以外の方 :学園運営部 075-325-5206
新型コロナウイルス感染者の発生について(第3報)
2020.08.11
2020年8月10日(月)、第1報でお伝えした学生の濃厚接触者である学生1名について、PCR検査の結果、新型コロナウイルス感染症の陰性と判定されました。これにより、第1報の感染者にかかわる濃厚接触者のPCR検査結果は全て判明いたしました。
京都光華女子大学
【本件に関するお問い合わせ】
報道関係者の方:広報担当 075-325-5493
上記以外の方 :学園運営部 075-325-5206
新型コロナウイルス感染者の発生について(第2報)
2020.08.07
2020年8月7日(金)、本学学生1名(20代・女性・京都府在住)が、PCR検査の結果、新型コロナウイルス感染症の陽性と判明いたしました。
*この度、陽性と判定されました学生の一刻も早い回復を願っております。
*感染した学生、ご家族様および関係者の人権尊重と個人情報保護にご理解とご配慮をお願い申し上げます。
*2020年7月1日以降大学には登校しておらず、キャンパス内の接触はありません。
本学は、新型コロナウイルス感染症の蔓延防止のために必要な対策を講じ、感染拡大防止などに努めております。これまでも注意喚起8報をだして、学生・教職員に注意を呼びかけてきたところではありますが、今後も引き続き、一人ひとりが感染しない、感染させない行動を徹底するよう、より一層啓発に努め対策等を講じて参ります。
現在、本学では原則オンライン授業としながら、「京都光華女子大学 再開ガイドライン」により感染拡大に最大限注意しながら特例として対面による演習・実習などの授業を行っておりますが、これについては変更ありません。
京都光華女子大学
【本件に関するお問い合わせ】
報道関係者の方:広報担当 075-325-5493
上記以外の方 :学園運営部 075-325-5206
疫癘(えきれい) 蓮如上人「御文」4帖目第9通より
2020.08.07
新型コロナウイルス感染症は現在、第2波とも思われるような状況にあり、全国的な広がりを見せています。そして感染された方やそれによりお亡くなりになられた方は増加の一途をたどっています。多くの方がこうした社会生活に不安を抱えながら、私たちには自分や家族、地域、国民、人類の命を守るために、私たち自らが感染拡大防止の適切な行動をとることが求められています。多くの方は、「健康でいたい」「生きていたい」という思いを持ちながらも、この現状を受け入れることができず、恐れを感じながら日々を過ごしておられます。
蓮如上人の「御文」4帖目第9通にはこのようなことが書かれています。「このごろ疫病が流行り、多くの人々が亡くなっておられます。しかし、人は疫病が原因で死んでしまうのではないのです。死ぬということは、生まれたときから定められており(定業)、それほど驚くことはないのです。」と。疫病による死は縁であって因ではなく、因は生そのものだというのです。これをお書きになられたのは、戦国時代の延徳4(1492)年6月のことで、疫病が流行して多くの人々が亡くなった年でした。この言葉は、「今私にあるこの命は必然によるものであり、それに感謝し、この先の人生においても大切に過ごすことが必要である」という意味が込められていると思います。なお、政府・自治体、医療の対策、国民の行動制限の取り組み等が無用であるということを言われているわけではありません。
さらに御文には、そのような私たちに対しはたらきかけをしていただいているのが、阿弥陀様であり、私たちを救おうとしてくださっています。我利私欲の生活から逃れられず、自己中心的な考え方に陥りやすいこの私。思い通りにはならないため、不満や不安を抱えたまま生きていくしかないこの私を、「そのままの姿で救う」と。いかなる罪悪深重の者でも、いつでも、どこでも、だれでも救われる法が阿弥陀仏の本願です。生死の一大事を阿弥陀様におまかせし、お念仏の生活をすることで安心を取り戻し、感謝して日暮しをしてはどうかと言われているのです。
この御文(おふみ)とは、浄土真宗本願寺八世蓮如(室町時代、1415年2月25日-1499年3月25日)が、布教の方法として全国の門徒に対し消息として送った仮名書きの法語のことである。蓮如上人の孫の圓如(えんにょ、戦国時代の浄土真宗の僧)が、二百数十通の中から80通を選び五帖に編集した物を「五帖御文(ごじょう おふみ)」という。(宗教部)
新型コロナウイルス感染者の発生について(第1報)
2020.07.31
2020年7月31日(金)、本学学生1名(20代・女性・京都府在住)が、PCR検査の結果、新型コロナウイルス感染症の陽性と判定されました。
*この度、陽性と判定されました学生の一刻も早い回復を願っております。
*感染した学生、ご家族様および関係者の人権尊重と個人情報保護にご理解とご配慮をお願い申し上げます。
*行動履歴から所轄保健所の指導に従い、感染が懸念される方については既に個別に連絡・対策を講じています。
判明した同日より、本学は京都府・京都市・所轄保健所などの関係機関と連携し、新型コロナウイルス感染症の蔓延防止のために必要な対策を講じ、感染拡大防止などに努めております。これまでも注意喚起8報をだして、学生・教職員に注意を呼びかけてきたところではありますが、今後も引き続き、一人ひとりが感染しない、感染させない行動を徹底するよう、より一層啓発に努め対策等を講じて参ります。
現在、本学では原則オンライン授業としながら、「京都光華女子大学 再開ガイドライン」により感染拡大に最大限注意しながら特例として対面による演習・実習などの授業を行っておりますが、これについては変更ありません。
京都光華女子大学
【本件に関するお問い合わせ】
報道関係者の方:広報担当 075-325-5493
上記以外の方 :学園運営部 075-325-5206
学園創立80周年「わたしと光華」みんなのメッセージ募集
2020.07.21
学校法人光華女子学園は2020年9月15日で創立80周年を迎えます。
本学園では卒業生をはじめ、有縁の皆さまと共に、80周年の節目をお祝いしたいと考えています。
そこで皆さまにお願いがあります。
80周年記念サイト上で広く皆さまからのメッセージを募集いたします。
光華での思い出や近況、友人に向けたメッセージ、これからの光華への期待や想いなど、80周年を迎える「光華」に対するメッセージをお寄せください。
いただいたメッセージはホームページ上へ掲載いたします。
情報の提供はメッセージ専用フォームから投稿いただくか、下記宛先にはがきまたは封書、Eメールにてご送信ください。
【メッセージ専用フォームはこちら】
【連絡先】
〒615-0861 京都市右京区西京極野田町39
学校法人光華女子学園 企画財務部内「80 周年記念事業推進プロジェクト部」 宛
E-mail:sougou@mail.koka.ac.jp
本学園の旧正門および石垣、旧通用門および石垣が、国登録有形文化財(建造物)に登録されることになりました
2020.07.20
2020年7月17日、本学園の南門の旧正門および石垣、旧通用門および石垣が、国登録有形文化財(建造物)として登録されることとなりました。
今回登録される旧正門・通用門および石垣等は、1941年(昭和16年)に校舎と共に建設された高等女学校の正門等で、戦時中鉄扉を供出したため木製の扉となりましたが、その後再び鉄扉となりました。
五条通りの開通にともない、正門は五条通側に移されましたが、南門として現在でも小学校・中学校・高等学校の児童・生徒が利用しています。
これからも南門・通用門の門柱と石垣を大切に利用し、将来に引き継いでまいります。
【登録有形文化財(建造物)】
平成8年10月1日に施行された文化財保護法の一部を改正する法律によって,保存及び活用についての措置が特に必要とされる文化財建造物を,文部科学大臣が文化財登録原簿に登録する「文化財登録制度」が導入されました。
この登録制度は,近年の国土開発や都市計画の進展,生活様式の変化等により,社会的評価を受けるまもなく消滅の危機に晒されている多種多様かつ大量の近代等の文化財建造物を後世に幅広く継承していくために作られたものです。届出制と指導・助言等を基本とする緩やかな保護措置を講じるもので,従来の指定制度(重要なものを厳選し,許可制等の強い規制と手厚い保護を行うもの)を補完するものです。
文化庁ホームページ 有形文化財より抜粋
文化庁ホームページはこちら
如来、世に興出したまうゆえは、ただ弥陀本願海を説かんとなり。 親鸞聖人『正信念仏偈』
2020.07.01
今月の言葉は、親鸞聖人がその著『教行信証』の行巻の末に添えられた、念仏の教えを正しく信ずるための道理を顕わされた偈(うた)『正信念仏偈』にある言葉です。如来(お釈迦さま)が、この世に興出された(生まれられた)理由は、ただ、阿弥陀如来の海のように深くて広い本願の教えを説かんがためである。との意味です。この言葉は、親鸞聖人が「それ真実の経を顕わさば、『大無量寿経』これなり。」(『教行信証』教巻)と位置付けられた『大無量寿経』」のお釈迦さまの「出世本懐」(この世に生まれた理由・目的)のところに「群萌(衆生)を拯(すくい)恵むに真実の利(阿弥陀如来の本願の教え)をもってせんと欲してなり」と説かれています。
親鸞聖人は、二十九歳の時、この阿弥陀如来の本願念仏を信じ、その教えを人々に勧められる法然上人に出遭われ、それまでの自力往生の修業の道から、阿弥陀如来の本願念仏に身を任せる他力往生の道に回心(えしん=心の変化)されました。煩い・悩みから逃れられず、迷いの生活をしているのが人間(衆生)であり、親鸞聖人自身もその例外ではないとの目覚めがあったからと思われます。群萌の一人として自力往生の及びがたき身の親鸞聖人にとって、お釈迦さまの説かれた阿弥陀如来の本願による救いの教えは、まさに「恵」であり、救われるとの確信であったと思われます。そして、その教えをこの私、親鸞にまで伝えて下さった印度・中国・日本の七人の高僧方へのご恩と、教えとの出遭いを親鸞聖人は、深く喜ばれました。その「喜び」と「正しい信」を願って詠われたのが『正信念仏偈』なのです。親鸞聖人にとって、お釈迦さまはたまたまこの世界に生まれられ、たまたま仏になられて、人びとに教えを説かれた、ということではないのです。阿弥陀如来の本願を顕らかし、私たち衆生を救わんとの願いで生まれられたにちがいないと領解されたのです。
私たちは「師」や「教え」、多くの人々と出遭ってきました。その出遭いが自身の人生にいかなる意味をもつのか考えてみたいものです。(宗教部)
