今月のことばは、平野恵子さんの『子どもたちよ、ありがとう』という書籍の一節です。
平野さんは、岐阜県高山市にある浄土真宗の寺院の坊守(住職の奥様)で3人の子供のお母さんでしたが、41歳という若さで腎臓ガンのため亡くなりました。『子どもたちよ、ありがとう』という本は、39歳で病を発症してから亡くなるまで、2年間の闘病生活の中で書かれた子どもたちへの手紙(遺言)です。
平野さんは、病を患うまでは、いたずらっ子の息子さん、寝たきりの病気を患う重症心身障害児のお嬢さんの子育てに、なぜ我が子だけが、と自分の思い通りにならない憤りや失望を感じておられたそうです。しかし、残された時間がわずかだと悟った時、子供達への途方もない愛情と「ごめんね」、「ありがとう」という胸に溢れる感謝の気持ちに気づき、自分が今できることは何かを必死に考えたのです。以下、平野さんの言葉を引用します。
「実は、お母さんはとてもわがままな人間で、自分の思い通りにならないと腹が立つのです。そして、なんとかしようと頑張ってみるのですが、それでも、やっぱりどうにもならないと、今度はがっかりして、泣きたくなるのです。ずうっと昔からそうでした。特に、結婚して、あなた達が生まれてからは、毎日毎日が、失望と苛立ちの積み重ねでした。―」
「―お母さんの病気が、やがて訪れるだろう死が、あなた達の心に与える悲しみ、苦しみの深さを思う時、申し訳なくて、つらくて、ただ涙があふれます。でも、事実は、どうしようもないのです。こんな病気のお母さんが、あなた達にしてあげられること、それは、死の瞬間まで「お母さん」でいることです。元気でいられる間は、御飯を作り、洗濯をして、できるだけ普通の母親でいること、徐々に動けなくなったら、素直に、動けないからと頼むこと、そして、苦しい時は、ありのままに苦しむこと、それがお母さんにできる精一杯のことなのです。そして、死は、多分、それがお母さんからあなた達への、最後の贈り物になるはずです。―」
「―人生には、無駄なことは、何一つありません。お母さんの病気も、死も、あなた達にとって、何一つ無駄なこと、損なこととはならないはずです。大きな悲しみ、苦しみの中には、必ずそれと同じくらいの、いや、それ以上に大きな喜びと幸福が、隠されているものなのです。素行ちゃん、素浄ちゃん、どうぞ、そのことを忘れないでください。たとえ、その時は、抱えきれないほどの悲しみであっても、いつか、それが人生の喜びに変わる時が、きっと訪れます。深い悲しみ、苦しみを通してのみ、見えてくる世界があることを忘れないでください。そして、悲しむ自分を、苦しむ自分を、そっくりそのまま支えていてくださる大地のあることに気付いて下さい。―」
「―お母さんの子どもに生まれてくれて、ありがとう。本当に本当に、ありがとう。あなた達のお陰で、母親になることができました。親であることの喜び、親の御恩の深さも知ることができました。そして、何よりも、人として育てられる尊さを知りました。あなた達のお陰で、とても、にぎやかで楽しい人生でした。―」
命の期限を意識した時、とてつもない苦しみを味わった時、平野さんの生きている世界が、見える景色が変わったのだと思います。今まで不満に思っていた日常が、私が中心だった世界だったことに気づき、本当はなんとありがたい世界であったのかと感じたのでしょう。最後に自らの死を贈り物とし、悲しみ、苦しみを通してのみ見える世界がある、そして、どんなに辛い時もありのままの自分を支えてくれる大地(仏の願い)があると残したメッセージ、それは最後に母が子に伝えたかった真実でした。 (宗教部)
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