生死の絆を断った人こそ最上の人である。中村元訳(『真理のことば』97)
生きる上で、私たちは何を判断の基準とすればいいのだろう。その一つに、それが作られたものか(と言っても、私たちが知っているものはすべてそうなのだが)、作られざるものかということが挙げられよう。作られたものには始まりがあり、始まりがあるものには必ず終りがくる。この始まりがあり、終りがくるものに執着し、囚われてはならないと教えているのが仏教なのだ。一例として、私たちが生命と呼んでいるものがある。いのちと言えば、私たちは作られたものとしての肉体の生命しか知らない。もちろん、この生命には始まりがあるが故にいつか終りがくる。この悲しみを私たちは何度も経験してきたというので仏教は、今、私たちが居るところを生死の絆に縛られ、生々死々を繰り返している輪廻の世界(サンサーラ)と呼ぶ。それに対して、作られざる涅槃の世界(ニルヴァーナ)もあると説いているのが仏教なのだ。だから仏教の開祖である釈尊は、生死の絆を断ち、作られざる不生不死の境地(生まれることもなければ、死ぬこともない境地)を知った人こそ最上の人であるとしたのだ。
すると、私たちが辿るべきは作られたものから作られざるものへ、死すべきものから不死なるものへということになろう。この始めもなければ終りもない永遠のいのちを知って初めて私たちは真に安らぐのであり、そういう人を釈尊は<最上の人>と呼んだのだ。しかし、それは他者と比較して優れているというのではない。永遠のいのちに目覚め、不安なく、恐れなく、どんな状況にあっても自らを信頼し、生を歩んでいる人ということだ。そして、今生において、生死の絆を断つかどうかはあなた次第であり、それを親鸞は<滅度>に至ると言ったのだ。(可)
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