2020年の3月から4月の時点でのデータだそうですが「新型コロナウイルスに感染するのは本人が悪い」と考えている人の割合が、米国1%、英国1.49%、イタリア2.51%、中国4.83%なのに対し、日本人は11.5%で最も高かったという調査結果が発表されていました。現在でも日本は、新型コロナウイルスに感染した人が差別される、謝罪をしないといけない状況に追い込まれるという、そのような空気が充満している社会なのではないでしょうか。このように日本では何かと自己責任論へと展開します。
今月のことばとして紹介したこの『ダンマパダ』の偈(130bcd)の中で、ブッダは他者のことを自分のことに置き換えて考えてみなさいと伝えます。「私の命とおなじように、他の者たちの命も愛おしい」と知り、他者を傷つけてはならないと言います。これは今の社会において今一度振り返ってみる視座ではないでしょうか。多くの誹謗中傷や差別を目にする社会です。しかしながら、私たちとその差別を受けている人々(例えば、コロナ感染者)はまったく別なる存在と言えるでしょうか。
私たち人間は、人とのつながりの中でしか生きられない生き物です。いつ誰が新型コロナウイルスにかかってもおかしくない。たまたま今、そうでない状況にあるのならば、そこで、当事者のことを考え、思いやる心を持ちたいものです。どのような立場の人に対しても、自分もいつかその立場になるかもしれないと考え、相手の立場に身を置いて相手の心情や環境を想像する力が、今の社会には圧倒的に足りていないといえます。
生きていく上で、思考停止して流されるのではなく、客観的にものごとをとらえ、自ら考え、知ろうとする力を身に着けていきたいと思いますし、そのような力を光華女子学園で学ぶ者には身に着けてほしいといつも願っています。
人はついつい先入観で物事を判断し、その自身の考えに疑問を持たないままでいることが多々あります。じぶんの価値観・ものさしを疑ってみること、立ち止まって「それって正しい?」と考えてみる姿勢が大事だといえます。それが、「知恵を持つ」ということではないでしょうか。人と人との分断が顕著となった2020年でしたが、2021年は、立ち止まり、自分のことを客観的に、世の中の出来事を多角的に見ることができる目を養う年にしたいものです。(宗教部)
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