私たちは、会社や学校では仲間と共に行動することが多いようです。これは人間も他の動物と同じように群れをなしていると言うことなのです。
では何故群れをなして私たちは行動しているのでしょうか。それは自分達の既得権を守るためなのです。
そしてその群れに入らないと仲間はずれやいじめが起きてくるのですが、私たちはその仲間はずれやいじめを恐れたり、一人になってしまうことを恐れるあまり仲間はずれやいじめの加害者になってしまう場合が少なくありません。また直接手を出さないまでも傍観者として見ている場合も少なくありません。
そして何か問題が起こると本当は「何もやらなかった」にもかかわらず「私は何もやれなかった」という弁解をしてしまいます。その弁解は、時にまわりの人に対してだけでなく、自分をも無理やり納得させようとしてしまうのです。でも本当にそんな自分でいいないでしょうか。「やらなかった」ことを「やれなかった」自分に弁解して納得させる。これを続けると、自分にとって都合の悪いことから逃げる私になり、最後には「何もできなかった自分」だけが残るのではないでしょうか。
私たちの人生にはいい時もあれば、絶不調の時もあります。この絶不調の時、また間違った事をしたと気付いた時、一度一人になって、じっくり自分を見つめることも大切ではないでしょうか。
相田みつをさんの言葉に「あの人が行くなら私も行く。あの人が行くなら私は行かない」という言葉があります。
このように、自主性がなく、人任せ、あるいは人のせいにしてしまうような生き方で本当に良いのでしようか。そういう「わたし」は、他者から見た場合、一緒に行きたいと思われる方の「あの人」にあたるのか、それとも一緒には行きたくないと思われる方の「あの人」にあたるのか。さてどちらでしょうか?(宗教部)
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