釈尊が入滅された日を2月15日として、光華女子学園でも「涅槃会」と呼ばれる法要が執り行われます。2月の「今月のことば」は、釈尊がクシナガラで入滅されるまでの数ヶ月間の旅路を伝える『大般涅槃経』(『ブッダ最後の旅』岩波文庫、p.64)からです。齢80歳を迎えた釈尊は、阿難をともない、王舎城を立ち、最後の遊行に出かけられました。
その道中、釈尊は、ベールヴァ村で阿難と二人、人生最後の雨安居に入ります。そこで今までにない激痛に襲われ、生死の境をさまよいます。しかし、今はまだ入滅の時ではないと考え、勇気によって病から回復されたと経典は伝えます。阿難は、小康を取り戻した釈尊の姿を見て、まだ教えを聞くことができると安心します。しかし、そのような阿難に対して釈尊は、私はすべての教えを説き終えたと語ります。「阿難よ、私は、内にも外にもなく法を説き示した。阿難よ、如来には、諸法に対する師の握り拳はない」と言われたのです。「師の握り拳」とは、古代インドにおいて師から弟子に伝えられる隠された奥義を指す言葉です。釈尊は、この教えは他者に説かないでおこう、この人には説かないでおこうというように、出し惜しみした教えなどないと、阿難に伝えたのでした。その後有名な「自らを灯明とし、自らを拠り所とし、他を拠り所とせず、法を灯明とし、法を拠り所とし、他を拠り所とせず住するがよい」という「自灯明法灯明」の教えが示されます。
阿難は、長年釈尊のそばで仕えていましたが、釈尊の存命中には、さとりを開くことができなかったと伝えられています。『大般涅槃経』では、頼っていた師が病に倒れ、拠り所をなくし、人生の足場が崩れていく感覚になる阿難の姿が描かれ、迷いの中にいる私たちは、その姿に親近感を持ちます。しかし、釈尊は、頼るべきは、自己と私の説いた教説(法)であり、釈尊自身ではないのだと阿難を諭したのです。
全てを包み隠さず伝えたという釈尊の教説に触れるとき、それをしっかりと受け取り、聞けているのだろうかと、私たち自身が問われていると言えます。年明けから悲しいニュースが続き、心の痛みを感じる日々ですが、自らのなすべきことから目を逸らさずに、これで良いのか悩みながら、歩んでいかねばと思います。
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