昔、ある青年がいた。小さいときに父親を病気で亡くしてから、母親が反物の行商をして彼を育ててきた。
大学4年生になったとき、彼はとても有名な会社の就職試験を受験して、難関を突破し一次試験に合格した。そして二次試験の面接で、彼は社長さんからこんなことを言われた。
「君はお父さんを早く亡くして、母一人子一人だね」
「はい、そうです」
「それじゃね、今日帰ったら、お母さんの体をどこでもいいから洗ってあげなさい。明日続きをしよう」
青年はぶつぶつ文句を言いながら家に帰った。だが、落ち着いて考えてみると、やはりどうしてもあの会社には入りたい。 そうや、おふくろは毎日、反物の行商をして歩いているんやから、足が汚れているだろう。足なら簡単に洗えばすむ。
「お母さん、お帰りなさい。実は今日会社の面接に行ったら、変な社長がお母さんの身体を洗わんと面接のつづきをせんと言うんや。だから済まんけどお母さん、洗わせてくれ」
「そう、それじゃ、しょうがないわね」
青年は母親の足を洗おうと思って、何気なく母親の足をにぎった。しかし、それから彼は化石したように動けなくなった。
彼がにぎった母親の足は、真っ黒に汚れた、石のように硬いごつごつした足だった。その母親の足を握ったとき、その青年の胸に何とも言いようのない熱いものがこみあげてきた。
父親が亡くなってから、どんな思いで、彼のことを育ててきたのか、今まで愚痴一つ言わなかった母の、真っ黒な、石のような足が、すべてを物語っていた・・ついに青年は耐えきれなくなって、お母さんの足を握ったまま、男泣きに泣きつくした。
青年は翌日、会社に行って社長にこう言った。
「社長さん、私は今までだれ一人からも、親の恩ということを教わりませんでした。社長さんにはじめて親の恩ということをわからせていただきました。そして私は今まで、自分の力だけで生きていると思っていましたが、母や、私の周りの大きな力に支えられ、生かされているのだということがよくわかりました。
私はこの会社に採用されてもされなくても結構です。でも生涯、母親を大事にしていきたいです。そして、自分も人のために生きられるような人間になりたいと思います」
人間には一生の間、二回の誕生がある。一回目はお母さんのお腹から生まれる、生き物としての誕生。
そしてもう一回は、親の恩を通じて、さらに大きないのちに目覚めていくとこと、それこそが「第二の誕生」である。
(竹下哲『いのちに目覚める』東本願寺伝道ブックス22より)
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